インハウスな日々

ある企業内弁護士の備忘録です

筬島・島田他「メーカー取引の法律実務 Q&A」(商事法務、2020年)

結論からいうと、メーカーの法務担当者であれば購入する価値がある。大いにオススメしたい。

本書は「メーカー取引のさまざまな場面で生じうる実務的な法律問題をアトランダムに拾い上げ、回答を試みるものである」(はしがきより)。
契約書のレビューや、コンプラ対策といった「法務からみた本」は巷に溢れているし、それはそれで需要がある。
しかし、現場の担当者から「瑕疵担保責任についてなのですが…」などと問い合わせがあることはない。
「エンドユーザーからクレーム入ってまして、契約書の条件がどうなってるか教えてほしいんですけど」くらいであればかなり親切で、「クレーム対応、うちはどこまでやらないといけないの?」というストレートな問いが投げかけられることが多いのではないだろうか。
そんな時にこそ役に立ってくれる本が、本書だと思う。


1.何度「あるある」と思ったか……
この種の本にありがちな答えのための質問はない(極端なことを言うと「瑕疵担保責任について教えてください」みたいなアレである。)。
購入を検討している方は、是非目次を立ち読みしてほしい。「あーこんな問い合わせ受けたなぁ」となる問いがいくつも見つかるのではないだろうか。
本書は確かに網羅的ではないが、ここまで実務に寄り添ってもらえるなら気にならない。

2.実務対応までアドバイス
法律的にはこうなる、しかし、会社としてはこう対応すべき、という実務上のアドバイスまで対応してくれている。
もちろん、自社でもその対応で良いかどうかは一歩踏み込んで検討しなければいけないが、「少なくともこの事例ではこうなんだ」という相場感がつかめてくるのはかなり価値があると思う。
こういうところこそ、多くの会社の事例を知る法律事務所の強みであり、一法務担当者が知りたいところだったりするのではないだろうか。

3.改正民法へも一応対応
改正民法施行直前の販売という時期もあってか、各項目で改正民法へのフォローもなされている。そこに主眼をおいているわけではないので、手厚い解説…ではないが、「そういえば改正民法でこの論点なにかかわるんだっけ」という雑念が浮かんだときにざっと回答を得るくらいのことには使えそうな程度にはフォローがなされている(本当に論点になるなら、それはそれで調べないといけないし。)。
しばらくは改正前後の民法を睨みながら仕事をしなければいけないことを考えると、ありがたい配慮である。

4.あえて不満をあげるなら?
解説は不十分なところもあるように思う。
例えば、Q43では商社が介在する取引の下請法適用の有無が問題になっている。ここで法務部門の担当者、あるいは購買部門の担当者が期待するのは「下請法講習会テキスト」を見ても解決しない疑問の解決、具体的には実務上の判断基準を知れることだろう。
しかし、本書では、この部分について第三者的に見解を紹介するにとどまり、突っ込んだ記載はなされていない(迷った場合にはこうしましょう、という対応策は紹介されている。しかし、「明確な基準をくれ」というのが担当者の本音だろう)。
もし自分が担当者なら「ほなどうせーっちゅうねん」と言いたくなってしまう。
しかし、そこまでしか言えない、ということも一つの答えかも(むしろ、安直にわかった気になって判断を間違えないでくださいね、という「優しさ」なのかも)しれない。

5.事実関係を整理する取っ掛かりとして
実は、この「不十分さ」ははしがきでも触れられているところであり、「そんなことはわかってますよ」という話だと思う。結局大事なのは具体的な事実であって法律は問題を解決するための一助になるに過ぎないし、書籍の事例に引きずられて判断を誤るなんてあってはならない。
そういう意味で、メーカーの法務担当という読者の期待に応えることを第一に考えたのであろう(もう少し判例や書籍への「つなぎ」があっても良いのでは、と思うところではあるが…そこを求める読者は少数派と想定されているのかもしれない)。


本書を読んで頭を整理したり、類似の案件が起こったときのとっかかりにしたり(場合によっては「答え」がのってるかも)……。
メーカーの法務に関わる人間であれば、少なくとも値段以上の価値がある一冊。
オススメです。