インハウスな日々

ある企業内弁護士の備忘録です

芦原一郎編著『説得力が劇的に上がる 法務の文書・資料作成術!』(2020年、学陽書房)

法務向けの文書・資料作成のノウハウ指南本。

 

1.暗黙知形式知に変える

本書の中でも繰り返し三段論法の重要性が指摘されているが、本書の構成それ自体が三段論法を意識したものになっている。まずは、一般的・抽象的な文書・資料作成のルールを解説したうえで、それを具体例に落とし込んで解説している。

特に素晴らしいと感じたのは、この一般的・抽象的なルールの部分である。法務として働き始めると、様々な場面で文書や資料を作成することが求められる。その技法はOJTによって学んでいくことが通常だろう。この先輩や上司からの指導で学ぶことを、言語化して説明している点は素晴らしいと感じた。

例えば、

「必要なことは、質問してきた事業部門を納得させることです。……法的に正確な表現は、抽象的にで、わかりにくい場合が多く、そのままでは、相手はなかなか理解できません。したがって法務部には「質問に答える」だけではなく、「説得する」姿勢が必要です。」(本書15頁)

という指摘や、違う立場から見ることの重要性、読み手ファーストの文書を作成する必要性の指摘など、入社当時に知っていたかったなぁと思うところが多くあった。

何らかの文書・資料を作成するにあたり、何を心がけないといけないかを平易な言葉で整理している点は、非常に優れていると感じた。

特に、配属されたばかりの新人や、自分のような経験の浅い法務にとっては、伝えるために何を意識しないといけないか、参考になる部分は多いにあると思う。

 

2.具体例は参考になるが……

次に、具体例の部分については、個人的にはもう一歩踏み込んだ解説を望みたいところだった。

もちろん、法務が作成する文書や資料のスタンダードは会社ごとに異なるわけで、具体例を示すことそれ自体が難しいことは想像できる。

とはいえ、具体例を基にした指南がもう少しあっても良かったのではないか、と思わなくもない。

例えば、「法的リスクをアドバイスする文書」の例として、試作品作製をベンダーに依頼するにあたっての注意点として、成果物の知財断面での取り扱いを定める必要性を指摘している。

しかし、その指摘は一般的なものにとどまっており、おそらく事業部門としてはさらに一歩踏み込んで「何を、どうやって、どう決めるか」というところまでのアドバイスを求めることになるのではなかろうか。一方で法務がとしては、どこまで伝えるのが良いか?は悩みどころになりうる*1

このあたりの、どこまで法務がサポートするか、そして、どこまで伝えるかという部分は会社によって異なるだろうが、その見極め方、文書でのアウトプットにあたっての場面ごとの留意点(文書だけが独り歩きすることのリスクと、実効性のあるアドバイスのバランスのとり方等)まで記載されていれば……と思わずにはいられなかった*2

 

3.結論として

ずいぶんと偉そうなコメントをしてしまったが、若手にとっては上司からの差し戻しを減らす(仕事の生産性をあげる)ノウハウ本であり、有益なものであることは間違いない。

新人への教育にも使えそうな一冊。

 

*1:個人的には、具体的な事案での「あてはめ」(どのような契約を結ぶかのサポート)までおこなうべき案件ではないか、と思うところだが……。

*2:本筋の文書・資料の作成術から逸れるために記載されなかったのかもしれないが、「何を書くか」は「どう書くか」の前提になる部分であり、具体的を題材として示してほしかった、というのは贅沢だろうか‥。