インハウスな日々

ある企業内弁護士の備忘録です

なぜ契約書を読まない!?読めないのか!?読みたくないのか!?

※本投稿は,法務系 Advent Calendar 2021のエントリー記事です。

10ru(@oga10ru)さんからバトンをいただきました。「法務あるある」として語られることも多い,事業部門契約丸投げ問題について考えてみたいと思います。

 

契約書の中身も見ないで丸投げ,リスクを指摘しても回避策を検討しない,その契約を締結することで何をしたいのかビジネスプランも見えない,「(さんざん自分のところで温めておいて)明日までに見てください!」。

せっかくの機会であるので,この問題を解決すべくブログを一本…と思ったが,そんな簡単に解決できる問題であるのであればだれも苦労しないわなと思い直し,前向きにとらえるためのブログ記事としたい。

なお,タイトルの元ネタは椎野茂アナウンサーの実況である*1

 

1.なぜ「丸投げ」は起こるのか

問題を前向きにとらえるにあたり,そもそもなぜ丸投げ問題は起きるのか,その原因を検討したい。なお,私は入社以来法務一筋であり,営業など他部門の経験はまるでないので,あくまでも法務の立場から見て思い当たるものを雑多に書きなぐっているということに留意されたい*2

 

私は,問題の原因は以下の3点にあるのではないかと考える。

① 個人の問題

② 組織の問題

③ 案件の問題

 

事業部門の人間が契約書を読まない理由は,契約書を読むことができないか,読む気がないかだろう。もしかすると「読んでても眠くなる,長い,どうせ読んでも法務が「民法が~」とかいうんだろう。俺の仕事は営業であって,契約書チェックじゃないんだ。契約書チェックは法務の仕事だろ?」という意識があるので読む気にもならないのかもしれない。

 

(1)契約書が読めないこと。

法務の人間は無自覚なあまのじゃくなので,「法律は日本語で書いてあるから読める」みたいなコメントに接すると「ふぅ~やれやれ。これだから素人は。法律の解釈の技法があるんですよね~ま,素人さんにはわからないか。」とか思うくせに,事業部門の人間が契約書を読んでこないと,「日本語で書いてあるのになんでだろう?」と思ったりする。

もしかすると,事業部門の人間は契約書を一読してわからないところの要点はまとめたうえで法務に質問し,法務のご高説に従ってほしいと考えているのかもしれない。

しかし,契約書を読むことになれていない人にとって,契約書は「読めない」のだ(日本語で書かれた特許明細書を読めと言われて読む気が失せない人がどれだけいるだろうか?)。

 

(2)読みたくないこと。

なぜ読みたくないのか?契約書を読んでも金にならないからである。営業マンの仕事は,「注文を取ってくること」であって,「契約を見ること」ではない。1件の契約についてじっくり読むひまがあるのであれば,1件でも多く客先に訪問すべきだし,提案資料を作るべきだ。だって契約書は法務が見てくれるから。受注件数で評価されることはあっても,契約書の内容で評価されない。これは,①個人の問題であり,かつ,②組織の問題であろうと思う。

 

そして,これに加えて③案件の問題がある。世の中には「どうでもいい契約」が存在する。取引先との関係が親密すぎて絶対にトラブルにならないとか,取引額が小さすぎて揉めようがない(揉めても足がでるし、ダメージも小さいことが想定できる。)とか,○○○○○とか…である。重要なプロジェクトであればともかく,そんな「どうでもいい契約」にお付き合いするほど,事業部門は暇じゃないのである。

 

(3)でも契約書の内容は理解してほしい。

でも,法務部門の人間であれば10人中8人は,「事業部門の人間にも契約書の内容を理解してもらわないと困る」と考えている。だって,事業部門の人間でないと,その契約で重要なポイントや絶対に避けないといけないリスクはわからないのだ。抽象的に有利・不利だけ判断しているようじゃ法務の仕事をしたとはいえない*3。だいたい,契約書を読まずに(理解せずに)取引を行うなんて,ルールを知らずにアメフトをするようなものである。

じゃあ,どうすればいいの?答えは色々あると思うので,私が普段意識していることをご紹介させていただく。

 

2.いかにして丸投げを減らすのか?

(0)丸投げの原因を見極める

なぜ,この人は法務に丸投げしてきているのか?たいていの場合,その人に由来する問題であることがおおい(前述した、読めない or 読みたくない である。)。たまに「その人の上司がアレ」とか「案件が定型なので丸投げでもOK」ということもある。

なぜちゃんと読まないか?その理由についてはある程度把握しながら対応を決めるべきだと思う。めちゃくちゃどうでもいい契約だが社内規程上法務審査が必要だから仕方なく法務に依頼しているような場合,打ち合わせを設定しようとしても煙たがられることも当たり前かもしれない(本当にどうでもいいのであれば規程を変えればよく,どうでもよくないからそういう規程になっているのだが。)。

 

 

(1)具体的に課題を提供する。

まず心がけていることは,具体的に課題を提供すること。

例えば,いきなり相手方ひな形のNDA案を送り付けてこられたとする。メールの本文には「確認よろしく」と一言*4

ざっと契約をみて,相手の社名,いわゆる目的条項に記載されている内容から,なんとなくNDAを締結する背景が見えてくる。と,同時にいろいろと気になることが出てくる。その中でも,まずは「聞かなきゃわからないこと」をピックアップする。

どういう関係の会社なのか?日常的に取引はあるのか?

何のためにNDAを結ぶのか(締結してやりたいことは何か)?

情報は双方向に開示するのか?

契約期間はこれでいいのか? などなど…。

その上で,メールでこれらのことを質問する。あくまでも,「何条の文言が○○となっているが…」というような話はしない。実務側の動きを聞くことに努める。これらの質問に答えることは,契約書を読めなくても読みたくなくてもできることなので,このような対応をしてもなお「丸投げ」してくる人はかなり少ない

そしてメールの末尾に「メールで返すのがめんどくさかったら打合せか電話しましょ」と書いてとりあえず返信してしまう。これで,少なくとも法務が何を気にしているかは把握させることができる*5

メールで回答が返ってきて,打ち合わせを求められなければ,そのままメールでラリーする。急いでいないということだし。案件の性質上も,それで十分であろう場合には,このような対応になることが多い。

打合せへと発展した後の話は,次の項目で述べる。

 

(2)読み合わせをする*6

打合せや電話へと発展すれば,その場で契約書を画面共有しながら*7,「こういう条件になっているけどいいの?」と確認していき,ざっくりとした修正案も作成する。その場で修正案が作成できれば作ってしまうし、少し文言を検討したい場合は,「●互いに義務を追う内容に修正」など、修正の趣旨をメモしておく*8

このような対応は一見面倒だが,①否が応でも契約書に何が書いてあるか事業部門の人間に把握させることができる(読んでもらえる)し,②その場で事業部門の意向を聞きつつ(時には法務として譲れない理由の説明もしつつ)、リスクの回避策を検討しながら一緒に修正案を作成するので,手戻りが発生しにくいメリットがある。

ちなみに,修正理由を示すコメントについては,営業部門の人間からすると「表現が強い」と感じることがままあるらしい。MTGの中で修正することで,「こういう表現で問題ないか?失礼だと思われるか?」といったポイントについても確認することができる。

少し話は逸れるかもしれないが,リスクを示す際には,自社で過去おきた事例を示すことが最も響く。さすがに営業マンもトラブルに巻き込まれたくはないし,一度起きたことは二度起きる蓋然性が高いので,真剣に考えるようになりやすい。また、過去の失敗事例について法務から共有されたのに無視したとなれば、個人の評価にも響きうるということもあるのかもしれない。加えて,交渉にあたっても本腰を入れて交渉してもらえる*9

 

(3)上司を通せという。

急ぎの案件で,上記のような対応をする時間がない場合もある。そして,とにかく早く見ろ,とくる。何かしら合理的な理由があれば「なら打ち合わせしましょうか」と回答している。それはそれでシンドイが,仕方のないことかと思って対応することにしている。そしてその場で修正案を検討する。

合理的な理由がない場合は「上司を通して依頼してくれ」と言う。あなたがサボっていた尻拭いのために,他の案件を遅らせることはできないからだ。もちろん,上司とは前もって対応を相談しておくようにする*10。基本的には,上司を使って事業部門と納期交渉することになることが多いように思う。上司とはこういうときのためにいるのだ。

やっかいなのは,理由も示さずに早く見ろと言い,打ち合わせもしてもらえないようなケース(さすがにあまり起きないが。)。こういう場合は,「私の上司に依頼をかけてください。今ある情報だけでは自分じゃ判断できないので。」と回答してしまうこともある。

こう伝えた場合,それはそれで面倒だと考えるのか,納期が伸びるなり,打ち合わせに応じてもらえるようになることが多い。

 

(4)チクる。

それでもダメな場合は,依頼者の上司に,自分の上司経由でチクってもらう。

お宅のところの○○は契約書も読まないくせに,早く法務チェックしろといい,打ち合わせにも応じないとはどういうことか,とクレームを入れてもらう。後は上に任せておしまい。上司はこういう時のためにいるのだ。

過去,「事業部門の担当者が契約を読む必要などない。悪いのは法務だ」となったことはないが,もしもそうなったら転職時かな,と思う。

 

3.まとめのようなもの

私の場合は,相手を見つつ上記の対応を行うことで,「丸投げ」に対してあまり嫌悪感なく仕事にとりくむことができている。

丸投げは,法務と事業部門のコミュニケーション不足で起きることが多いと思う*11。事業部門から見て,法務が何を気にして,どのような付加価値を付けているかわからない場合,契約審査は儀式と化し,丸投げは起こりやすい。

具体的にどのような価値を提供しているかわかってもらい,そして,事業部門の人間と仲良くなっていけば,あまり失礼な対応もされないようになるのではなかろうか。

 

意識の高いコメントをしたところで、この記事を終わりにしたいと思います。

明日は、柿沼太一(@tka0120)先生です!

 

*1:2007年6月24日の横浜ベイスターズオリックスバファローズ戦にて,那須野巧の変化球中心の投球に対する実況。「なぜインコースのストレートを使わない!?使えないのか,使いたくないのか,使う度胸もないのか!?」

*2:逆に,他部門を経験している方からのご意見をぜひお聞きしたい。

*3:ちなみに,残りの2人は,トラブルになっても契約書を読んでいないそいつが悪いと思えるタイプの人間である。

*4:余談であるが,「FYI(=For Your Information)」とだけコメントされ,契約書の確認依頼を受けたことがある。契約書はもちろん、英語も読めない方で、かつ、礼儀にも疎い方からの依頼であったことは想像できるかと思う。

*5:返すことでとりあえずボールを戻せるという効果もある。

*6:読み合わせ類似の方策として,チェックリストを用意し,確認を求める方法を試したことがあったが,結論的にはあまりうまくいかなかった。契約書を読んでくれる(丸投げしない)人はそんなものなくても自分の考えを伝えるし,契約書を読んでくれない人は余計に読んでくれなくなるだけであった。また,勤務先のカルチャー的に,事業部門の負担を増やす方向の解決策は,あまり評判も良くなかった。

*7:オンラインMTGであればTeamsの画面共有機能を用いることが多い。

*8:要修正箇所に「●」をつけることを習慣づけている。こうすることで直し忘れは防げる。事業部門に送る前に●で文字列を検索し、ヒットしなければそのまま送る。

*9:リスクの示し方について,気をつけている点を補足したい。例えば,「故意重過失の場合以外免責されるけどいいですか?」だと伝わらない。「わざとやったとか,よっぽどのポカの場合でもないと、賠償してもらえないですよ。昔この条件をそのままにしてて〇〇円請求できなかったことがあって…」とかの方が伝わる。「その時の部長だった〇〇さんが、最果て支店に転勤になって…」まで言えるとベスト。

*10:同僚のアメリカ人は,「あなたの案件を最優先にする理由を説明してくれないと,私に依頼している他の部署に説明がつかない。説明できないのなら,優先順位を下げて対応する」といった方がお互いのためだ。といって,実際にそのように対応しているようだ。

*11:私の勤務先のような八流企業ではなく、超一流大企業になるとまた違うのかもしれないですが……。