インハウスな日々

ある企業内弁護士の備忘録です

AIによる契約書審査と将棋ソフト #裏LegalAC 

この記事は裏LegalAC7日目の記事です。
トップバッターのアーリー(@NH7023)さんの記事「いちユーザーとしてのリーガルテックへの想いと期待 #裏LegalAC」に触発され、「AIによる契約書レビュー」をテーマに書いてみようと思った次第です。


私はAI開発の専門家ではなく、また、法務としても駆け出しのひよっこなので的はずれなことを言っているかもしれませんが、素人の視点ということでご容赦いただければ幸いです。

1.AIの現在地
実は私も某社のAIによる契約書レビューサービスをお試しさせていただいた事があるのですが、正直な感想は「このサービス内容でこの値段は割に合わないな…」でした。
少なくとも、現在の勤務先での契約書レビュー業務を念頭においたとき、(費用対効果も含めて考えると)導入できるレベルにないと感じたのです。

経文緯武さんも類似テーマのエントリにて
「慣れた法務担当者がレビューするよりも結局時間がかかることが多いわりには、慣れた担当者でないと使いこなせない。結局慣れた人の抜け漏れチェックでしか使えないというのが現状ではないかと思います。」

と述べておられますが、私も同意見です。

2.将棋の場合
AIと人、といったテーマで話をするとき、将棋・囲碁ソフトが頭に思い浮かぶ方も多いのではないでしょうか。
特に、将棋ソフトは、プロが上回っている時期、互角の時期、そして実力差があまりついていない時期に公開対局が行われたり、「電王戦」というプロvsソフトの興行が企画されるなどしました。
詳細は省きますが、これにより将棋ソフトの実力の推移はある程度把握することができます。

将棋ソフトの強さは、ざっくりと以下のように推移しました。
〜1990年 アマチュア級位者クラス(但し、詰将棋は正確に解くことができた)
1995年頃 アマチュア初段(近所の将棋が強いおじさん、くらいでしょうか)
2005年頃 県代表クラス(アマチュア竜王戦で全国ベスト16)
2005年  将棋連盟がプロ棋士の無断での公開対局を禁止
2007年  渡辺明竜王(当時)が公開対局で当時の最強ソフトボナンザに勝利。ボナンザは奨励会初段〜三段(プロ予備軍レベルということです)とコメント。
2011年  女流棋士が公開対局で初めて敗北
2013年 プロ棋士が公開対局で初めて敗北
2017年  佐藤天彦名人(当時)が公開対局で敗北

将棋を知らない方でも「名人が勝てないレベル」といえば、およそ人が相手にできるレベルではないのがわかるでしょう。
現在、将棋ソフトは新しい手を追求するための研究パートナーになっています。
豊島将之名人(お父様は法曹関係者ですね!)は、ソフト研究を積極的に取り入れていますし、多くの棋士がさまざまな形でソフトを研究に活かしているとください!。

3.AIによる契約書レビューの現在地
2019年現在のAIによる契約書レビュー業務は将棋ソフトでいうところの1990年以前のレベルではないでしょうか?
特定の部分では人に勝てるが、それ以外は…というレベルです。少なくとも私がお試ししたものはそのレベルでした。
しかし、近年のAIの進化スピードを見ると、契約書レビュー分野においても、将棋ソフトを上回るスピードで人間を超えていくのでは…?と思います。

4.将棋と契約書レビューの違い
ここで、将棋と契約書レビューは単純に比較できないことも意識しないといけません。その最大の違いは考慮できる情報の量ではないでしょうか。
将棋は全ての情報が盤上に現れます。そのため、ソフトが認識できない情報というものはありません。だからこそ、人がAIを上回っていたことにロマンがあり、人の敗北も仕方のないこと、と言ってしまえるのでしょうが。

一方で、契約書レビューはそうはいきません。そもそも契約書の文言はある程度「型」がありますが、型から外れていることもままありますから、これを正確に理解できるかという問題があります(駒がどう動くかからしてわかりにくい。)。
さらに、事業の背景、譲ってもよいポイント・譲れないポイント、企業の方針、相手方との他の契約との関係、相手方の思惑、業界の常識などなど…さまざまな情報をAIは知ることができません。少なくとも契約書の文言からは。

仮に、契約書審査を
レベル1 契約書の文言のみからどちらに有利かを判断できる(将棋であればこのレベルで対応可能)
レベル2 当該案件の背景に照らしてどちらに有利か判断できる
レベル3 当該案件の背景に照らしてあるべき条文がないことまで含めて指摘できる
の3段階に分けたとき、現在のAIはレベル1半ば…といった感じでしょうか。そして、AIにとって、レベル1とレベル2の間には大きな壁があるのではないでしょうか。
事実を自ら拾いにいけないという意味で、AI独力の契約書レビューには限界がある。そして、その限界を超えるのは難しいのではないか?と思うのです(このあたりは完全に素人考えなので、専門家の方はどう考えているのか知りたいです。)。

5.素人なりの未来予想図
ド素人の発想ではありますが、おそらく、契約書レビューが完全に人の手を離れるのはかなり先のことだと思います。
ただし、近い将来、ユーザーが育てる(自社ひな型と比較して有利/不利を検討させたり、ひな型から受け入れできるラインを設定できたり…)ことのでき、かつ、高い精度で契約書レビューをできるサービスが出てくるのではないかと思います。
このあたりを学習し育てていけるようになれば、そして、将棋AIがそうであったように独力で学習するようになれば…。
AIには転職も定年退職もないので、企業が導入しない理由はないでしょう。

ソフトが完全に人を上回った将棋では、人が指すことの価値が再認識されています(人には指しにくい手、人対人だからこその駆け引きがあります)が、契約書レビュー業務にそういった「人ならでは」を見出すことはなかなか難しそうな気もします。

そうなった時にどんな仕事ができるかは置くとして、それまでの間は、人を援助してくれるものという扱いになるでしょう。
良き補助者として、AIが人を超えていくまでお世話になりたいと思います。現在の将棋ソフトとプロ棋士の関係のように。
その後は、良き部下になるのか良き上司になるのかわかりませんが…。


いつも通りまとまりのない記事になってしまいましたが、dtk(@dtk1970)さんにバトンを渡したいと思います。
ありがとうございました。